松浪奨励賞受賞(総評)

更新日: 2020/12/05

受賞者:工藤 義信氏 (金沢大学 国際基幹教育院)

受賞論文:Reinstalling Clerical Authority, Juridical and Didactic: The Unique Rearrangements of Book II of Peter Idley’s Instructions to His Son in London, British Library, Arundel MS 20

規定に従い、編集委員3人による第一次審査で、受賞に値するとの結論にいたり、第二次審査に進み、全員で査読をした結果、全員が受賞に値するとの結論にいたりました。

この論文はPeter Idleyというイングランド中部の小地主によって15世紀中葉に書かれたと思われる、通常Instructions to His Sonと名付けられている作品の特定の写本、BL Arundel MS 20、について大変広範な視点から、しかも綿密に追求された優れた論文である。筆者の工藤氏はこの作品に関して長い間研究してこられ、その成果は学会発表や論文として既に広く知られている。これまで彼の研究姿勢はThe Canterbury Tales や Peter Idley について文学と歴史学の双方から、作品と作者の背景を掘り下げるものであったが、今回は更に古書体や写本研究の専門的な知見を交えられ、一層説得力ある論文となっている。

Peter Idleyのこの作品のように極めてマイナーな、英語圏の中世英文学の専門家もあまり読む事がないテキストの場合、むしろ、このように写本を通じて分かる写字生や写本の読者層の文化的な背景こそ、特に興味深いと言える。工藤氏の論文はこの作品の研究における権威であるMatthew Giancarlo教授の先行研究に多くを負っており、いわば、先達の付けた道程を一写本に集中することで、更に深化させたと言えるだろう。工藤氏の優れたところは、その探究において、非常に綿密に一行一行を他の写本や材源と比較して、わずかな違いから、その背後にある写字生の改変の意図を細心の注意を注いで探り出していることだと思う。

全体をふり返って、強いて問題点を挙げるとすれば、長い論文であるが節分けがなく、読みにくさを感じるとの指摘もあったが、非常に優れた論文であり、十分に松浪賞に値する綿密な研究であると評価したい。